更新 2000.5.25

稲作民俗の源流 Fork customs of rice growing in the Japan
十一面観音  秘めた寿宝寺の十一面観音像     

                  小泉芳孝

 はじめに

 南山城の中央に位置する京都府京田辺市三山木にある寿宝寺の本尊 十一面千手観音立像は、長い間秘仏とされ公開されなかったため余り知られていません。この観音像は大阪河内の「葛井寺」と奈良「東招提寺」の観音とともに、三大傑作の一つに上げられ、千の手と眼で人々を実際に救って下さるものと、いい伝えられています。その表情は神秘的で地獄の苦しみを救い諸願成就して下さるにふさわしい姿をしていると言われています。  京都府京田辺市三山木塔ノ島廿番地
沿 革                       

 開運山寿宝寺は、高野山真言宗の寺院であり人皇第四十二代文武天皇慶雲元年
(704)の創建で、綴喜郡山本驛設置の和銅四年より七年前である。昔は「山本の大寺」と称し七堂伽藍が備って泉河または和泉川(現在の木津川)ぞいの平野に梵鐘の響きを伝える大きな寺であった。しかし東方を流れる和泉川の度々の大洪水により建造物を流失したので、それより西方に「一佛成就寺観音」を建てた。その後、正長元年(1428)八月二日の大洪水で「一佛成就寺観音」が流水したため、永亨三年(1431)石戸村の西山を開発し、「佐牙神社」と「恵日寺」それに三山木の廃寺(法楽寺)付近に観音堂を建立して安置した。寿宝寺は、かつてあった一佛成就寺の北西およそ四百メ―トルの現在地に亨保十七年(1732)四月十七日創建され現在に至っている。なお観音堂に安置されていた十一面千手観音立像は、明治初年の神仏分離令により寿宝寺へ移された。その後昭和四十二年九月二十四日に、住職檀家をはじめ地元の人々の発願で、鉄筋コンクリ―ト平屋建て、耐震、耐火、防湿を完備した収蔵庫を建て安置し現在にいたっている。

   十一面千手観音立像の姿
 本尊の十一面千手観音立像(十一面千手千眼観自在菩薩)は、等身大の素木造りで左右二十の大脇手の前に、小脇手を扇状に隙間もなく光背状に配して静的な平衡が保たれ、左右合わせて千の手には、目を印している。顔は温雅で浅い衣文の刀法に藤原中期の様式を示し平安時代に制作されたもので、大正二年四月国宝に、昭和二十五年八月二十五日に国の重要文化財に指定された。 
 この像は素木造りにもかかわらず虫食い等でいたんでいないのは、長い年月にわたり本堂で護摩木を焚く護摩祈祷の法要などをしていたからである。このため像は真っ黒に輝き、地獄の苦しみを救い諸願を成就して下さるにふさわしい姿である。大きく造った四十手には、日輪・月輪・鏡・化仏・輪宝・五鈷鈴・未開蓮・開蓮・葡萄・矢・胡瓶・水瓶・払子・雲・骨・斧・剣・索など40個の持ち物を持たせ、他の手は広げたように何層にも手を配置している。 そして、持物を持たない手には、一つづつの眼のみを描いている。  また、普通は中央に四手を持つものが殆どであるが、この像は六本の手を持ち二本は中央で合掌、二本は中央下で定印して宝鉢をのせ、あと二本は中央で合掌している肘の上から出た右手に錫杖、左手に鉾を持っている。 この様に千本の手は観音の慈悲が極限・無限を意味しており,最も強い力を持った観音と言える。 寿宝寺の十一面千手観音立像をじっと見つめていると、何ともいえない神秘的な仏の心に成った気持ちになるのは、私だけであろうか。

最寄りの交通機関   
  近鉄京都線 三山木駅 東へ徒歩三分 

 寿宝寺の十一面千手観音立像は、頭上に十一の面を載せている事から付けられたものである。この十一の面には五種類の表情があり、中央髪の上の仏面は如来で頭を丸く盛り上げ、大乗を習い行ずるものに対して最終最上の仏道を説く、その正面の手前中段中央と下段正面の二面は慈悲面でやさしく善良な衆生を見て大慈悲を生じ楽を与え、仏像正面に向かって中段右の一面と下段右横の二面は忿怒面でこわい顔をし悪い衆生を見ては一慈悲を生じ苦を抜く、又、中段左の一面と下段左横の二面は狗牙上出面で口元に上向きの牙を出し浄業者を見て希有の讃を発し仏道を勧進する、真後ろの一面は大悪笑面で大きな口を開けて笑い善悪雑穢の衆生を見て快笑し悪を改め道に向かわせる。このお姿は、人間の災厄に際して十一面観音が大きい力を示して下さる事を現している。 十一面千手観音の心  平安時代には近畿に観音信仰が行われ観音霊場三十三カ所巡りが始まり、現在でもさかんである。花山法皇に始まるという霊場は観音信仰であり、その中でも千手観音が一番多い。
  観音の本質は慈悲であり、悪い衆生には怒りの相を、良い衆生にはほめてやり、いやしい衆生には己のみにくさを覚えさせ、善に向かわせねばならない。つまり、その時と場所に応じて使い分けをする人間こそ良い人間であると言っている(「定本 仏像 心のかたち」日本放送出版協会)。頭上の十一面のうち一番後ろの大悪笑面は、他の三面に対して一面なのは、人間をあざ笑うことはしてはならないと言う意味であろう。一方、千手観音は千の眼で人間を救って下さる。眼 が認識を、手が実践を表し、千手は実践の力を表している。四十本の手にはそれぞれの願いを込めた物を持ち千眼で人間の苦難を見た観音は、千手で救うのである。
  寿宝寺の十一面千手観音立像をじっと見つめていると、何ともいえない神秘的な仏の心に成った気持ちになる。森竜吉氏は「観音信仰は農耕社会と関係を持っていて無限に生産し変化する自然の力、大地の力が観音ではないかと言っている。

     寿宝寺の宝物(大正拾弐年九月参拾日の古文書から)

  本尊阿弥陀如来 木座像厨子入御丈壱尺八寸 壱体
  千手観世音(国宝)木立像厨子入御丈五尺 〃
  聖徳太子 木立像厨子入御丈三尺六寸 〃
  不動明王 木立像厨子入御丈六寸五分 〃
  薬師如来 木立像厨子入御丈壱尺二寸 〃
  大日如来 木座像   御丈壱尺五寸 〃
  十一面観音 木立像   御丈壱尺六寸 〃
  弘法大師 木座像 御丈壱尺三寸 〃
  伝教大師 木座像 御丈壱尺三寸 〃
  金剛夜叉明王 木立像 御丈四尺五寸 〃
  降三世明王 木立像 御丈四尺五寸 〃
  地蔵尊 石立像 御丈二尺五寸 〃
  地蔵尊 石座像 御丈二尺 〃
  涅槃像 紙 地 縦六尺横四尺 〃
  釈迦誕生佛 銅立像 〃
  両界曼茶羅(破損)紙 地 縦壱尺七寸横壱尺三寸   弐幅
  紅波梨弥陀 絹 地 縦壱尺五寸横壱尺 壱幅
  不動明王     絹 地 縦五尺横壱尺三寸 壱幅
  十二天      紙 地 縦四尺五寸横壱尺二寸 弐幅
  五部秘経 十五冊 全部
  大般若経     箱 入 六百巻
  法華経 八冊 壱部
  遺教経 弐部  



【寿宝寺観音像の拝観案内】
 観音像収蔵庫の開扉時間  夏期 八時〜十七時   冬期 九時〜十六時
   (保存の関係上、湿度七十%以上及び雨天・法要・出張中は開扉されませんので事前連絡が必要です)
   TEL(0774-65-3422)   
  参詣志納 一人 五百円 (二十人以上別途割引あり)
 最寄りの交通機関  近鉄京都線 三山木駅 東へ徒歩二分 

平成三年六月一日 記す     小泉芳孝 Kyoto Japan YoshitakaKoizumi

【参考文献】
  『定本 仏像 心とかたち』 日本放送出版協会   『仏像 新装版』 実業之日本社   『仏像観賞の本』 里文  『仏像をみる』 学生社   『仏像案内』 吉川弘文館   『仏像図典』 吉川弘文館   『仏像礼讃』太陽シリ―ズ 平凡社  『田辺町史』 田辺町役場   『田辺町史・社寺編』 田辺郷土史会


寿宝寺へ ふるさと京田辺市へ


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